2ちゃんねる ★スマホ版★ ■掲示板に戻る■ 全部 1- 最新50  

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

■■■私小説って何ですか?■■■

1 :吾輩は名無しである:04/03/18 13:20
日本文学の特徴とか聞いたんですが。
太宰は私小説というのはなんとなくわかるけど、
夏目漱石や芥川龍之介は私小説なんですかね?
最近では村上龍や村上春樹は私小説なんですか?
柳美里の「命」は私小説だと耳にしましたけど。
綿矢りさや金原ひとみは私小説なんですか?
また、外国文学には私小説はないんですか?
私小説って日本文学の大枠に含まれる一形式にすぎないんですか?

そこんとこ、どーよ?

2 : ◆GiTmRUKFvw :04/03/18 13:22
私小説は日本文学における
アトランティス大陸だよ

3 :吾輩は名無しである:04/03/18 13:25
>>2
どういう意味でつか?

4 :吾輩は名無しである:04/03/18 13:26
ヘミングウェイも私小説っぽい。
主人公がほとんどヘミングウェイと被るし、
ほとんどの作品がヘミングウェイの体験を語っているように見える。

5 :吾輩は名無しである:04/03/18 13:27
ヘミング厨はいらね

6 :吾輩は名無しである:04/03/18 13:30
三島由紀夫は私小説が死ぬほど嫌いらしい

7 :吾輩は名無しである:04/03/18 13:30
>1の考える「私小説」の定義を述べよ

まずはそれからだ

8 :吾輩は名無しである:04/03/18 13:32
>>7

それが分からないから聞いているんだろバーか

9 :吾輩は名無しである:04/03/18 13:34
自伝 autobiography と私小説との違いも説明してくれ

10 :吾輩は名無しである:04/03/18 13:43
自伝=中心が作者であると公言した伝記?
私小説=中心である主人公と作者のつながりを曖昧にして語られる準伝記?

11 :吾輩は名無しである:04/03/18 13:43
【私小説】
作者自身とわかる人物が〈私〉として作中に登場し、
〈私〉の生活や想念、目撃見聞した出来事を虚構を交えず
ありのまま語ったとみなされる小説をいう。
これに類似するものに、ドイツのイッヒロマン
(主人公が一人称で語る小説)や自伝があるが、
私小説は近代日本の特殊性につよく規定される点で
それらとは異なる。最も日本的な文学形態だけに、
日本的な偏りを批判されることが多かった。

……だそうです。出典は平凡社の世界大百科事典

12 : ◆GiTmRUKFvw :04/03/18 13:46
日本は筆者と作中人物を結び付けたがる
読者が多いのせい
作品と分離して考えられない不思議
むやみにエッセイの類が多いのも痛い

13 :吾輩は名無しである:04/03/18 14:05
>>11
日本の私小説はもっと根深いだろうね。


14 :吾輩は名無しである:04/03/18 14:06
私小説と自然主義ってほとんど同じ?

15 :11:04/03/18 14:06
私小説の長所は
つくりごとや虚飾を去った自己認識を通じ、
人間性の醇化と救済に向かい、東洋的悟道、
全世界と自己の宥和に達するところにある。
      (世界大百科事典 平凡社)

つまり私小説の目的は作者の自己救済のために書かれた
小説ってことでしょう。


16 :11:04/03/18 14:07
つまり私小説の目的は×
つまり私小説は

間違えた 

17 :吾輩は名無しである:04/03/18 14:11
>私小説の長所は
>つくりごとや虚飾を去った自己認識を通じ、
>人間性の醇化と救済に向かい、東洋的悟道、
>全世界と自己の宥和に達するところにある。

誰だよこんなこと百科事典で書いたのw 
DQN臭がムンムンだ。ろくでもないな。

18 :吾輩は名無しである:04/03/18 14:14
>自伝=中心が作者であると公言した伝記?
>私小説=中心である主人公と作者のつながりを曖昧にして語られる準伝記?

>>10氏の規定がいちばん単純明快なような気がしていいのだが。。。
作者=作中人物を作者が公言するかかどうかで線引きするのは
きわめて危うい区別のようにも思う。反例がたくさん挙がりそうだ。


19 :11:04/03/18 14:16
>>17
高橋英夫

ちなみにCD-ROM版です


20 :吾輩は名無しである:04/03/18 14:38
漱石と芥川は私小説とはいえないだろ

21 :吾輩は名無しである:04/03/18 14:50
っていうか、同じ作家でも作品ごとに違うわけなんだが。

22 :ご案内:04/03/18 14:55
じゃ、1もそろそろいいかな?

何でも質問箱(軽い質問はこちらまで)其の八
http://book.2ch.net/test/read.cgi/book/1073944247/l50

文学板コテハンが質問に答えるスレ  part 2
http://book.2ch.net/test/read.cgi/book/1056728666/l50



23 :吾輩は名無しである:04/03/18 22:14
私小説以外は    くず。

24 :吾輩は名無しである:04/03/18 22:15
ま、私小説を語るスレとして使おうや

25 :吾輩は名無しである:04/03/18 23:17
主人公と私小説が被らない作家ってそんなにいるか?
女作家の書く小説のほとんどの主人公が女だし
男作家の書く小説のほとんどの主人公が男だし。

26 :吾輩は名無しである:04/03/18 23:20
>>25 そうか? 結構、逆もありそうだけど・・・

27 :吾輩は名無しである:04/03/18 23:20
>主人公と私小説が被らない

それから、これどういう意味?

28 :吾輩は名無しである:04/03/18 23:27
藤枝静男つまらん。
ただの日記

29 :吾輩は名無しである:04/03/18 23:33
日本人は劣等民族だから客観的視点や多角的視点が持てないんじゃね?
だから小説はいつも自分中心の傲慢稚気になるんじゃね?

30 :吾輩は名無しである:04/03/19 07:14
>>25見たいな人は私小説という言葉を誤って理解してるだけ。
自身の体験や思想を盛り込んだ小説が私小説ではないんだよ。ちょっと勉強しろ。

31 :吾輩は名無しである:04/03/19 13:54
↑私小説とは?

32 :吾輩は名無しである:04/03/19 15:18
>>11
・・・・私小説は近代日本の特殊性につよく規定される点で
それらとは異なる。最も日本的な文学形態だけに、
日本的な偏りを批判されることが多かった。・・・



この解説書いた奴、死ぬほど馬鹿だな。
神話を再生産してどうする。


33 :吾輩は名無しである:04/03/19 16:07
>6
そのくせ「仮面の告白」を書いた。

34 :吾輩は名無しである:04/03/19 16:08
>14
ぜんぜん違います。

35 :吾輩は名無しである:04/03/19 16:13
私小説とは、作者の告白であり、作者と作品とを分けて
作品を読む、という読書を許さないたぐいのオナニーである。
作者の思いが絶対であるから、センター試験をはじめ大学入試には
使いやすい(解釈は一通りだけ)。
日本の国語教育の質の低さの原因の一つ。

36 :吾輩は名無しである:04/03/19 16:26
>>32
>>19によると高橋英夫らしいよ。
誰このひと?

37 :吾輩は名無しである:04/03/19 18:52
作家本人の人生をバックグラウンドとなる世界観として持ってるやつ
が私小説でしょ?

なんだかしらないけど直接的な小説の形態を分類する言葉じゃないやね。
小説が書かれた状況の分類だと思う。なのに「伝記」とか「随筆」とか
そういう言葉と並べるから混乱するんだろ。もちろん「これは私小説です」と
言い切られてる作品があるからなんだけど、でもそれってあんまり学問的な
分類じゃない。
こういうことやってるから文学は学問じゃないとか言われるんだよ。
まるで系統立ってない。

38 : :04/03/20 00:26
一人称形式で作者自身を主人公とし、
自身の体験や思考を直接的に作品に反映させている小説。
形式的には随筆とあまり変わらないような外観をもちながらも
虚実の境界を曖昧にさせる言語表現であることに
「私小説」と呼ばれる特色があるのではなかろうか。。。

39 :吾輩は名無しである:04/03/20 00:39
かならずしも主人公じゃなくね?太宰も主人公ってよりは斜陽だったら弟だったりヴィヨンだったら旦那だったり。しかも私小説=作者の告白 はあかんだろー。といいつつなんだかは分からん。一作品づつ、これはあーだから私小説か否かを説明してくれる母性を見せてくれ!

40 :吾輩は名無しである:04/03/20 01:02
どーでもいいことかもしれないけど。
づつ→ずつ なんだよね。
こういう言葉も知らないと、
本を読んでないんだなぁって気がする。

41 :吾輩は名無しである:04/03/20 02:58
ノンフィクションのように忠実じゃなくていいけどでも
部分部分で現実とダブってるようなものが無いと私小説とか言いたくないな

逆に言うとそうやってちらちら回りくどくというか、ねちっこくというかリアルの話を
読者に吐露しようとするのを私小説と呼びたい。
分類しようとするならノンフィクションとの境目を語った方が良いよね。

前も書いたけど、とにかくこの言葉って小説の分類というよりそれが書かれた
背後の環境を分類してるんだと思う。

42 :吾輩は名無しである:04/03/20 04:27
私小説というのは、現実そのまんま(自分の体験そのまま)を小説に書き起こしたもの。そんだけだよ。
たとえばおまいが今朝かーちゃんに叩き起こされて
かったるいなあと思いながら布団から這い上がって、ションベンしたら足にシッコが
羽飛んだけど拭きもしないでそのままメシ食って、道ですれ違った女のブラ透け思い出しながら
夜オナニーしたと、その一日をそのまま文字にしちゃうの。
伝えたい何かを表現するために文字を使って物語を組み立てるのではなくて、
もうすでに存在してしまった現実から何か意味を汲み取ろうってわけ。


43 :吾輩は名無しである:04/03/20 04:32
>>42
それって私「小説」じゃなくて、日記とかルポとかの類でしょ。
適当なこというなよ。

44 :吾輩は名無しである:04/03/20 11:49
みんな分かっているようで分かってない、私小説。
なんとなくは私小説のイメージはあっても
聞かれると旨く答えられない、私小説。

ここまでわかったこと。
私小説とは日本文学の歴史のなかで日本文学のひとつの形式として現れたもので、
私小説=日本文学というようなくくりかたは全くの誤りで、


45 : ◆GiTmRUKFvw :04/03/20 13:29
>>40
いきなり他人のけちつけるのもどうかと思うけど
「つづ」の方が正しいと思うよ
本読んでる云々がどう関係してるか知らんけど

46 : ◆GiTmRUKFvw :04/03/20 13:31
失礼
づつ

47 :ガディワッツ:04/03/20 13:34
眼球タンなんかは、私小説にはいるの?


48 :ガディワッツ:04/03/20 13:43
たとえば、太宰なんかだと作者の執筆時の状況をわかっていないと、
綺麗に理解できない作品が多いですよね、この意味で作者と作品を切り離して考えるということは困難になってます。
眼球タンの場合だと、1部、2部、それぞれが独立してはいるんだけど、1部の内容に深みを与えるためには、
その2部の存在というのが不可欠ですよね、ということは私小説とよんでいいのかな。

49 :ガディワッツ:04/03/20 13:46
でさぁ、作品が架空の作者を想定する場合っていうのがありますよねぇ。
こう言うのはどうなの? 私小説の小説? 馬鹿でごめん、わかりやすく説明してくれる
神求む。


50 :吾輩は名無しである:04/03/20 13:51
一人称の小説はすべて私小説であるという見方もある。

51 :ガディワッツ:04/03/20 14:06
心底そう思えたら簡単なんだけどなぁ……。

52 :◆a3OvCLzjz6 :04/03/20 14:09
とりあえず小林秀雄の『私小説論』に
誰かそろそろ言及して紅かなぁ。

53 :吾輩は名無しである:04/03/20 14:50
>>45
「〜づつ」はどちらかというと文語で
現代表記は「〜ずつ」の方が一般的です

54 :吾輩は名無しである:04/03/20 22:16
なぜ「地震」は「ぢしん」ではなく「じしん」なのか?

55 :吾輩は名無しである:04/03/21 00:26
>>43
もちろん「小説」であるからには一日の出来事だけ
順を追って文字にするわけだはない。
自身の体験を事実そのままに(自分の内面的思考も含め)
小説の技法をもって表現したものが私小説。

56 :吾輩は名無しである:04/03/21 05:29
>自身の体験を事実そのままに(自分の内面的思考も含め)
>小説の技法をもって表現したものが私小説。

これを読んで私小説がどんなものかを分かる人っているか?
これだけじゃあ明らかに説明不足だ、もしくは説明放棄?

本当に自分がわかっているならそれを他人が理解できるように説明できてこそ、本当に自分も分かっているといえる。
他人に分かりやすく納得できるように説明できなければ、それは自分も分かっていないということ。
ただ、分かったようなつもりになっていただけ。


57 :せばすちゃん・ないと ◆xMK/F0Rq8c :04/03/21 05:52
ようは勘違いなんですよ、私小説って。
えーっと、田山花袋「布団」が起源だと思うんだけど。
花袋はおそらく意図的に、読者が作中の登場人物と作者
自身を混同することをねらったんでしょうけど、後続の作家、
とくに当時十代だった連中(後の白樺派)は誤解したわけ。
形式じゃなくて、主題が大事、センセーショナルな主題を
、それもなるたけ恥ずかしくて痛い自分を投影したやつを
書くことが文学だって勘違いしたんだよ。

と、蔵書整理しながら書いてみた。はやく寝たい・・・・・

58 :吾輩は名無しである:04/03/21 08:27
私小説って作者の人生背景に関する知識がなかったら理解できないもの?
太宰治でも、作家と作品の関係を切り離して読めば、私小説ではない読み物になったりしない?
村上春樹でも村上龍でも読み方次第では私小説と読めるということ?
じゃあ私小説ってどんな?

59 :吾輩は名無しである:04/03/21 08:48
フィクションかノンフィクションかではなくて、
作者の思想等が登場人物や作品にそのまんま投射されてる作品が私小説じゃないのかなぁ。
俺は村上春樹は私小説すら書けてないと思ってるよ。
登場人物を登場人物として独立させてアイデンティティを持たせるわけでもなく、
全体を、細部に至るまで作者の意志で完璧にコントロールするわけでもなく。
弁証法的な主題もない、或いはカーニバル的な要素もない、不条理を書くでもないし。
まぁ、何もない、ただ空虚なだけっていうのが主題なのかもしらんが。

一人称で自意識なんて書いてしまうと、大抵は私小説になるな。

60 :せばすちゃん・ないと ◆xMK/F0Rq8c :04/03/21 09:05
うお、おれんとこだけスルーかよ。

私小説をあえて定義するなら、登場人物、とくに語り手と
筆者の直接的な連続性を否定しない形式の小説、だな。
そういう意味では、私小説の作中の語り手というのは、
作品世界の中だけで自立した存在ではないよ。

ついでに書くと、太宰と春樹は私小説作家ではないね。
どちらも、「作者と語り手が連続していてもOK」という
私小説の形式をふまえた上で(ふりをして)、その実一
般的な小説世界(ここでは「作者と語り手の分離」と定
義しとこう)を構築してる。韜晦の手法が似てるわな。
まあ、私小説というひとつの定型を少しひねってあるわけだ。



61 :吾輩は名無しである:04/03/21 09:36
太宰が私小説でもなんでもなかったら
私小説は日本の小説の特質でも何でもなくなるな。
ただの「異端」のひとつになる。
そもそも日本文学に主流なるものがあるのかすら疑問だ。
すべて輸入思想だからな。
できれば私小説の代表的な作家を教えてほしいな。

62 :せばすちゃん・ないと ◆xMK/F0Rq8c :04/03/21 10:00
>>61
私小説という形式は小説形式の異端。これは間違いない。
(なんせ「日本特有の」なんていわれてるわけだから)
つーかおれは厳密には小説だと思ってないんだが。
日本の小説の特質が私小説であるというなら、悲しいとさえ思うよ。

代表作家、ですか。
田山花袋、白樺派、吉行淳之介、武田泰淳。年代別にこんなとこでどうかしら。
泰淳くらいになると、私小説形式に加えてまた別の勘違いが加わってる。
つまり、「政治的な問題を語ること」=文学という誤解だ。


63 :吾輩は名無しである:04/03/21 12:44
>「政治的な問題を語ること」=文学という誤解だ。

大江

64 :吾輩は名無しである:04/03/21 14:07
>>58
作品によるだろうけど、作者の人生を知らねば作品の製作意図を
完全に理解できないものも多いよ。
私小説が批判される理由の一つがそれだからね。
もちろん読者には誤読の権利(または楽しみ)があるので
私小説を普通の虚構物語として楽しむのもあり(楽しめればの話だけど)。


65 :吾輩は名無しである:04/03/21 17:08
>64
そういう私小説がセンター試験に出題される。
解釈が全て決まっているから。

66 :吾輩は名無しである:04/03/21 18:56
>武田泰淳

おれは武田が好きでよく読んでいるが
私小説・・・・かなぁ?
でも例に比較的大衆向けな作家の名が挙がらないところをみると
やっぱり私小説というものは異端なんだろうなぁ。
まあその例が私小説の代表格として打倒ならという前提での話しだけど。
韓国の文学の歴史について調べたことがあったんだけど
そのなかで「日本文学の特徴である私小説とは違った独自の形での・・・(戦前)韓国文学」ということが言っているところがあったんだが。
日本文学のどこをみてあれはあたかも日本文学の主流の私小説とは違うとでもいうような書き方をしてたんだろ?
ほかの私小説に関する評では「日本の私小説は西洋人には好まれないためにあまり紹介されなかった」ということが書かれていたり。
日本文学といえば外国人や日本人は誰を思い浮かべるだろうか?
三島?川端?大江?安部?芥川?…春樹?龍?ばなな?・・・?
日本人でも外国人でも志賀直哉や武田や中上や筒井の名を挙げるものは少数派じゃないかな?

う〜む…

67 :吾輩は名無しである:04/03/21 19:44
〇〇大学に通う僕が友達のAとBとCという実在する人物をと毎日つるんで
現実どおりに講義では相変わらず単調で退屈な話を聞き流して
(作者である}僕は、いつも一番前の席で熱心に授業を受けているDさんという
実在する女性に恋をする。
思いを伝えるために悩み、実際に顔なじみのおばちゃんの経営する大学の近くの文房具店で
〇〇〇を買い、(自分の住んでいた)神田の〇〇荘に帰り・・・

みたいな?

68 :吾輩は名無しである:04/03/21 19:46
最良の私小説は武者小路実篤と志賀直哉ぐらいだね

69 : :04/03/21 19:53
量的にも質的にも他の国に見られないような文学的潮流をもった、
ということで日本の私小説は特色付けられているわけだ。
三島や川端などの国際的ビッグネームとは関係ない話。
中村光夫が編んだ『私小説名作選』でもわかるように
田山をはじめとして短編作家が多いのも特徴なわけだし、
三浦哲郎とか水上勉とか藤枝静男なんかを例に出すべきだろ。

70 :吾輩は名無しである:04/03/21 20:29
あと葛西善蔵とか徳田秋声とか本質的に地味だよね。私小説って。

71 :吾輩は名無しである:04/03/21 20:40
武者小路実篤どーよ?

72 :吾輩は名無しである:04/03/21 21:04
田山花袋、武者小路実篤、志賀直哉あたりは地味という印象ないけどね。
結構借金とか貧乏とか描いた私小説家が多いから。。。

73 :吾輩は名無しである:04/03/21 22:20
地味というより「シブイ」だな。
そのへんを読んでいる奴みると、主流から一歩下がったところを狙っていてひねくれているような。

74 : :04/03/21 22:30
で、「私小説」は、身の回りや自分自身のことを芸術として描く。
客観的描写ではなく、主観的な内面描写を中心に描かれれることが多い。
語り手の視点による一人称であることが多い(三人称の場合もあるが)。
また、私小説では主人公がしばしば作者本人と同一視されている。
内面が充分に描かれなければ単なる身辺雑記で終る危険性があるが、
その危険性を微妙にかわしつつ散文芸術に高めている点が
諸外国から見て日本の私小説が非常に特異に映るようだ。

75 :吾輩は名無しである:04/03/21 22:42
>>74
解説はありがたいのだが、肝心な点で
「〜が多い」とか「しばしば」とか「散文芸術」とか
曖昧な表現で説明されていて、どうもお茶を濁されたような
気がするのですけれども。。。

76 : :04/03/21 22:49
確かに。>75
というのも私小説っていっても幅広いからね。
数学のように明確に集合を定義づけるのは困難。
必ず集合の境界が曖昧になってくるからね。
たとえば藤枝に「私々小説」ってのがあるけど
これなんかも判断が難しいところがある。それどころか、
「私小説作家の私倍増小説」ってのもあったっけ。

77 :吾輩は名無しである:04/03/21 22:55
中村光夫ageなのです。

78 :吾輩は名無しである:04/03/22 01:37
>>66
>でも例に比較的大衆向けな作家の名が挙がらないところをみると

だって実人生をそのまま文字に書き起こしたら(それが私小説)
エンターテイメンにはならんからねえ。大抵。


79 :吾輩は名無しである:04/03/22 02:29
>>76
藤枝は小島信夫を評して「個小説」とも書いているな。
「私」ですらない、誰かに理解されようともしてない小説だ、って。
もちろん高く評価している。

80 :吾輩は名無しである:04/03/22 02:58
>>74
てか、私小説は完全に「主人公=作者」なんだけど。
作中の主人公や登場人物が、「なぜこの人はここでこういう行動を取るのか」「どうしてこの場面でこう思うのか」
という問いの答えが、「だって実際にこういうリアクションした人がいたんだもん」「だって僕、あのときこう思ったもん」
となるのが私小説。

81 :吾輩は名無しである:04/03/22 08:27
ちなみに太宰治は私小説作家じゃないよ。
太宰治も私小説をいくらか書いているって程度。
そりゃあ他の私小説作家達からの影響は多少なりとも受けるだろ。
影響を受けたためにいくらか私小説形式のものが書かれただけ。
全体的にみて太宰治は私小説作家とはいえないよ。

82 :吾輩は名無しである:04/03/22 16:08
白樺派の人たちは私小説らしいけど白樺派ってどんなの?
どんな作風なの?そのバックグラウンドとかあるの?

83 :吾輩は名無しである:04/03/22 16:19
泰淳が私小説家ってのも噴飯物だな

84 :吾輩は名無しである:04/03/22 20:11
泰淳は私小説家だよ、人肉食ったりしてんだよ、あいつ。

85 :89:04/03/22 20:18
実はキリストの親父でもある、すごい経歴。

86 :吾輩は名無しである:04/03/22 22:23
「私小説」の対極にくるのが横光の「純粋小説」。
で、平野がいってた「芸術と実生活」の問題がきて
82の「白樺派」に言及できる下準備ができた。さて。

87 :吾輩は名無しである:04/03/22 22:31
小説は全て作者の世界の中の話であるので、広義では全て私小説と言えなくも無い。
という揚げ足は別として、主人公が一人で思想的ってのが最低条件だろうけど。


88 :せばすちゃん・ないと ◆xMK/F0Rq8c :04/03/22 23:02
>>87
>小説は全て作者の世界の中の話であるので、広義では全て私小説と言えなくも無い。
おいおい。。
作者のうちに源泉をもちつつ、作者本人とは独立した世界を形成
するもんじゃないかなあ、小説は。

89 :ハル ◆8DJG7S.Zq. :04/03/22 23:39
>>86
平野謙は、私小説に調和型と破滅型の二種類があるという考えだね。
1) 調和型が白樺派で実生活>芸術。
2) 破滅型は芸術>実生活で、実生活と芸術の関係に二律背反を見た。
>>87
「思想的」である必要はないよ。メイビ。

90 :吾輩は名無しである:04/03/23 01:03
人間が書くんだから、小説には書き手の思想なり道徳なりが
多かれ少なかれ反映されるものだ。
私小説というのはそういうのとは全く別次元の形式だよ。
>>87みたいなのは私小説に対して典型的な誤解を持っていると思う。

91 :吾輩は名無しである:04/03/23 05:31
どれも私小説にみえてしまう。
文章は読者のために書くのではなく自分のために書けと聞いたことがある。


92 :87:04/03/23 08:26
そうかなあ。じゃあどういうのが私小説なのか、判断が難しいかも。
三島の「仮面の告白」
太宰の「人間失格」
なんかは代表例だろうけど。自分が主人公ってこと?

93 :吾輩は名無しである:04/03/23 08:49
誤解の無い私小説に対する認識を得るために、誰か

94 :吾輩は名無しである:04/03/23 10:04
自伝的小説と私小説は区別した方がいいと思う。
87の挙げてる例は自伝的かもしれないけど、私小説とはいわないんじゃないか。

95 :吾輩は名無しである:04/03/23 12:02
白樺派の代表的作家である志賀直哉。
この志賀直哉の小説のどんなところが私小説の特徴を持ってるの?

96 :吾輩は名無しである:04/03/23 15:41
太宰治「ダス・ゲマイネ」は私小説なのかな?
「わたし」とは別に三人称で「太宰」が出てくるの。
すんごい奇異な感じを受けた。
まあ、面白けりゃ何でもアリか。

97 :吾輩は名無しである:04/03/24 09:27
三島由紀夫の「仮面の告白」。
これ私小説かな。

98 :吾輩は名無しである:04/03/24 10:53
鈴木登美さんの「語られた自己−日本近代の私小説言説」読んだヤシはいる?

99 :【矢部】 ◆pIzFRdQNI. :04/03/24 19:14
>>98

いつその本の名前が出るかと思いながら、
今までROMらせて頂いてましたが、
98レスにして、やはり出ましたね。
感激です。「私小説」をめぐる議論に、
パラダイム・シフトを求める鮮やかな本だと思います。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4000028405/ref=sr_aps_b_1/249-3934535-8981144






100 :【矢部】 ◆pIzFRdQNI. :04/03/24 19:18
実はこの本、最初は英語で出ており、岩波のは翻訳です。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0804731624/qid=1080123331/sr=1-1/ref=sr_1_8_1/249-3934535-8981144

著者はアメリカのコロンビア大学で、日本文学を教えている人です。
…で100getかな?



101 :吾輩は名無しである:04/03/24 20:50
太宰や三島が私小説とか言ってる奴、馬鹿だろw

102 :【矢部】 ◆pIzFRdQNI. :04/03/24 21:23
>>98の本について簡単に説明させていただきます。
普通「私小説」をめぐる議論は、それが日本の伝統として
確固として存在していたことを前提に、明治や大正の小説を分析し、
その「私小説」性を摘出する、ということになりがちです。
しかしこの本は、「私小説」という概念や、「私小説」は日本の伝統だとする言説が、
大正後期から昭和初期にかけて形成されたものであり、花袋らの「私小説」じたいは、
そういう「私小説」うんぬんとは別の文脈で、別の関心で書かれていること、を指摘しています。
…「私小説とは何か」と問うことが、「私小説」を存在させてしまう。
だから「私小説」を存在させるものは何か、「私小説」をめぐる諸観念を成り立たせた言説は、
いかにして形成されたか、それを問わねばならないということでしょう。
こうした論法の是非はともかく、「私小説」をめぐる従来の議論の混迷を思うと、
この本は、頭を整理するうえで有益と思われます。英語も日本語も明晰で読みやすいです。





103 :吾輩は名無しである:04/03/24 21:26
私小説家柳美里タソハァハァ

104 :吾輩は名無しである:04/03/24 21:29
中森明夫の「東京とんがりキッズ」
買ってそんした。なにこれ、ぜんぜんへたくそ。80年代のナゴム系近辺ってほんと低脳だよね。



105 ::04/03/24 21:33
日本の私小説にその固有性はあるのかなぁ?
英語で私小説はan autobiographical novelでいいのかな?
自伝的小説とか心境小説とは異なるものとして
志賀直哉を代表格とする私小説の本質があるとしても
もう現代では不可能な概念になってると思う。

106 :吾輩は名無しである:04/03/24 23:10
後藤明生のスレでこんなの↓発見。

318 :吾輩は名無しである :04/02/25 01:38
>>315 版を重ねているから大丈夫じゃないかな、今の所は。
実はこの評論は隠れた名著で近代文学を読むのに必読の書。
田山花袋の「蒲団」を私小説の元祖と見る中村光夫に向けた批判と云う点でも、
後藤明生の指摘は一種のコペルニクス的転回だった。

329 :吾輩は名無しである :04/02/27 00:31
>>327 ポイントは複数あり。詳しくは本書33〜34頁を参照するべし。

【中村光夫】
・作者(田山花袋)と主人公(竹中時雄)の距離が皆無
・作者の主観的感慨が吐露された「事実そのものの告白」
・つまり作者のモノローグとなっている
(結論):「蒲団」は私小説である

【後藤明生】
・主人公(竹中時雄)は作者(田山花袋)に戯画化されて描かれている
・つまり両者の間には距離があるので主人公=作者ではない
・中年男の可能性としての「本音」を描いた作品
・「本音」は必ずしも経験された「事実」とは限らない
(結論):「蒲団」は私小説ではない

107 :吾輩は名無しである:04/03/25 21:41
本来虚構である小説を、
ありのままの現実だけで構成する。
コロンブスの卵的というか、どうしようもない矛盾というか、
まぁとにかく斬新な形式ではある。


108 :吾輩は名無しである:04/03/25 22:07
うん。留学生で日本文学の研究をしてる人に聞くと
諸外国から見たら私小説は「斬新な形式」に見えるらしい。
一見「身辺雑記」のように小さな日常を描きながら、
そこに深い文学性を語らずして語って「いた」(過去形)。
ラテアメが「マジックリアリズム」だとすると
日本の私小説は「オーディナルファンタジー」かな?

109 :吾輩は名無しである:04/03/26 09:24
自虐的になるつもりはないけどさ。
留学生がそういったからって真に受けるのもどうかと思う。
日本に来る留学生が日本の文学や文化を賛美するのは普通じゃん。
アメリカに留学している日本人やロシアに留学している日本人がその国の文化を賛美するのと同じ。
留学生は”それ”を学ぶために留学しているんだから。


ここで考えるべきなのは、自分達はそれをどう思うのかどう解釈するのか、客観的にどうなのか相対的にどうなのか、だ。
誰々さんが〜いったから、すごいんだ、特別なんだとか、他人の主観で自分が納得するっていうのはおかしい。
いまさら、外国人が凄いといったから日本文化は凄い、なんていう思考も無いだろw

110 :吾輩は名無しである:04/03/26 09:51

週刊文春発禁の本当の理由
週刊文春3月25日号記事「NY郊外でついに狂牛病発症か」
http://www.asyura2.com/0403/gm10/msg/136.html

ここに90年代の米国のニクコプーンの作り方が載ってる
肉骨粉と副産物のレシピ
http://www.asyura2.com/0311/gm9/msg/133.html

吉野家のコメント
http://www.yoshinoya-dc.com/safety/index.html

111 :吾輩は名無しである:04/03/26 15:21
>109
灯台もと暗し。外国人のような他者の視点から自国文化を見直すことは必要。
「他人の主観」をも自分のパースペクティヴに取り入れることを勉強しろw
特に「私小説」なんかを考える際には有益だと思うぞ。

112 :吾輩は名無しである:04/03/26 17:57
>>111

いやそうじゃなくて。
日本人っていつも外国人の評価とか海外での評価を受けてそれを認めだすだろ?
自分達はたいして評価はしてなかったくせに、海外で評価なんかされると、
「ほらすげーだろ!俺は前からすげーと思ってたんだ。日本はすごい!」って言い出す。
そういう面でいえば、日本人ってのは「「他人の主観」をも自分のパースペクティヴに取り入れる」って
ことにかんして優れてるんだろうけど。
でも自分で自分の直感で自分達の身の回りの評価を下すことって、日本人できないじゃん。
日本人はいつも「周りから浮かないように、空気をよんで」っていうのが思考の土台だからね。

外人とか権威とかの発言なしに
「しっかりその良さ・悪さを自分で考えろ」ってことだよ。
外人が凄いって言ってた?だから何?って話でしかないの。
どこが、どんなふうに凄いのか良いのかってことが考える上で必要なの。

113 :吾輩は名無しである:04/03/26 18:02
>>112
それって自分に言い聞かせてるわけ?

114 :吾輩は名無しである:04/03/26 21:29
私小説って褒め言葉、それとも駄目ってこと?

115 :吾輩は名無しである:04/03/26 21:56
実際、外国に評価されようが日本人に評価されようが
権威のない奴がすごいって言ってもしょうがいなんだけどね。
それなりに権威のある人が論拠をもって評価してるから
すごいんだなぁと思う、まぁそれが大衆意識って奴だろ。

116 :heathen:04/03/26 22:58
>>115
きみは他人のレスについては一家言持ってるかもしれんが
そういうのはスレタイにそってもいなければ
第三者にとっては毒にも薬にもならない。
ま、それはどうでもいいから横においといて、
>>114
まずジャンルとしての定義だから、褒めでも駄目でもなし。
定義は基本的には>>74氏の内容でいいと思う。
で、>>107氏のレスは短いながらも核心をついてる。

117 :吾輩は名無しである:04/03/26 23:05
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%81%E5%B0%8F%E8%AA%AC
以上

118 :吾輩は名無しである:04/03/26 23:17
水村美苗の『私小説』ってどんな関係があるんでしょうか?
積読派ですいません。。。

119 :吾輩は名無しである:04/03/27 00:13
私小説=作家を思わせる登場人物が主人公
非私小説=例えば「指輪物語」のように作家と登場人物が別れていて作家(語り手)が物語内で神のような位地

よって、私小説とは日本とかアメリカとか国は関係なく一つの形式として世界に存在する。
漱石も三島も春樹も大江もヘミングウェイもナボコフもカミュもカフカも私小説。


120 :小倉結う子:04/03/27 00:19
ディープラブは完璧、神視点の非私小説でつね

121 :吾輩は名無しである:04/03/27 14:14
私小説っていうのはね、輸入文学なんだよ、自然主義っていう。
フランスの自然主義に惚れた当時の文学青年がリアリズムを重視しだしたの。
代表的な自然主義(私小説)作家に田山花袋や志賀直哉がいるけど、
彼らの作品を読めばわかるけど実体験に基づいた作品はすくないからね。
見聞きした他人の生涯や体験をもとにリアルに書いているだけだからね。
それは当時の日本での「流行」のひとつだったんだけど、じゃあなぜその当時の作品を「私小説」とし
現代の私小説と言えるような作品は私小説といえないのかといえばそれは、
「今は私小説という流行がない」からというだけなんだよね。
今では西洋の自然主義から影響を受けた日本の自然主義「私小説」は日本の現代作家の血肉になってるから、
その誰が私小説で誰が私小説ではないかを論じることは無意味なの。
海外の人間が日本の自然主義私小説を読んで物珍しく感じやすいのは、
小説に書かれている社会風俗や人間付き合いの模様が「日本的・東洋的」で神秘的に感じるからなんだよね。
逆にいえばアメリカやフランスの小説や村上春樹を読んでそのモダンな風俗や甘い香りのするような生活に魅了されるようなもの。
だからヘミングウェイもフランスの自然主義も世界の現代作家も「私小説」と言えなくもないの。
それは「言い方・言葉」の問題に過ぎないから。
志賀直哉や田山花袋に比べたら、ディケインズなんかもろに作品が私的。


122 :吾輩は名無しである:04/03/27 14:25
そもそも「私小説」は「わたくししょうせつ」と読むのか「ししょうせつ」と読むのかもはっきりしてなかったりする

123 :吾輩は名無しである:04/03/27 19:14
私小説を「その可能性の中心」においてとらえるために
最も「私小説的なもの」の本質っていうのがあると思うんだけど
そういう面では志賀や田山以降の作家たちなんじゃないのかな?
そしてなぜ日本のある時期の文学潮流が内外の視点から見ても
「私小説」として名づけられているかが気になる。。。

124 :吾輩は名無しである:04/03/27 19:48
「私小説」って死語なんです。
今は「私小説」っていう言葉を口にする流行が過ぎているから
私たちはいま使わないだけなんです。
海外で「私小説」というカテゴライズとは日本流の〜というニュアンスを付けるだけなんです。
世界的に見れば日本の自然主義の小説は自然主義とはいわないんです。


125 :吾輩は名無しである:04/03/28 00:12
>>124氏のいうように
「私小説」「本格小説」「純文学」はもはや死語もしくは予備軍かな。
だからこそ水村美苗のように現代の小説のタイトルになりうるか。。。
>>118にからめてみたが。

126 :吾輩は名無しである:04/03/28 19:48
葛西ゼンゾーとか宇野コージみたいな。

127 :吾輩は名無しである:04/03/28 20:00
葛西ぜんぞうは強烈だなあ。うん

128 :吾輩は名無しである:04/03/28 20:31
嘉村イソタン(*´д`*)ハァハァ

129 :吾輩は名無しである:04/03/28 20:38
>>1主人公が「私」と名乗る小説の事

130 :吾輩は名無しである:04/03/28 22:01
ということらしいので、村上春樹は主人公が「僕」と名乗る小説ばかりなので私小説なんです。


131 :吾輩は名無しである:04/03/28 22:05
>>129
ネタにしてもお粗末さまです。

132 :吾輩は名無しである:04/03/29 00:34
私小説の語源=一人称小説(イヒ・ロマン)と考えれば、>>129の定義も
あながちネタとも言い切れないが…な…。

133 :吾輩は名無しである:04/03/29 01:31
>>130
ダメです。一人称は「私」でなければ「私小説」とは認められません。

134 :吾輩は名無しである:04/03/29 01:36
作者の体験を背景に書かれたくらいでは私小説とは言わないよ。
作者が人間である以上、自己の体験が盛り込まれない作品は存在しないんだから。
私小説とは、本当に体験した事実をそのまま書き表したもの。

135 :吾輩は名無しである:04/03/29 01:46
書き手の意識もあるけど、読者側が「この主人公は作者自身で、書かれていることは
実際の体験なんだろうな」と定義付けて読む小説が、ジャンルとしての「私小説」と言
えるかもしれない。
だから「私小説」と呼ばれるものにも事実に即していないのもあるし、マイナー作家が
自己の体験を赤裸々に描いても、読者側がそれを認知していなければ「私小説」とは
違うカテゴライズで読んでしまうこともある。


136 :吾輩は名無しである:04/03/29 01:48
>>132三人称で書かれた私小説の方が多いはずだが。

137 :吾輩は名無しである:04/03/29 01:54
>>136
>>132が言ってるのは、今流通してる「私小説」の概念ができる前の
語源の話だから。

138 :吾輩は名無しである:04/03/29 01:55
最終的には作家自身が「これは私小説です」と
言わないと、どんな小説も読者側が私小説だと断言できないんだよね。
あと、同じ作者でも私小説とそうでないノーマルな小説の両方あるのが普通。

139 :吾輩は名無しである:04/03/29 02:05
私小説しか書いてない作家っているんだろうか。
もっとも事実に即しているかどうか検証不可能な場合が殆どだろうから、厳密には
決められないので、「露骨に作者を思わせる人物が登場する小説」ということで。


140 :吾輩は名無しである:04/03/29 18:02
ほとんどの作品が私小説って作家はいるね。>>139

141 :吾輩は名無しである:04/04/01 22:54
age

142 :吾輩は名無しである:04/04/22 18:19
私小説は自然主義の誤解から生まれた

143 :吾輩は名無しである:04/05/05 01:12
むしろ自然主義に挫折した結果として生れたんじゃない?

37 KB
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

★スマホ版★ 掲示板に戻る 全部 前100 次100 最新50

read.cgi ver 05.02.02 2014/06/23 Mango Mangüé ★
FOX ★ DSO(Dynamic Shared Object)